欲しかったのは、お金ではなく「安心」だった

心のこと

AIと話をしていたら、思いがけないことに気づきました。

最初は、自分の性格や考え方を分析してもらっていたんです。でも話をしているうちに、お金のことになりました。

私はAIに、こう話しました。

「私は、お金に執着していると思います。」

これは前から自分でも分かっていました。

20代の頃は、欲しい洋服やバッグを我慢できずに買っていました。リボ払いも経験しましたし、給料日前になるとお財布の中身が心細くなることもありました。

今思えば、お金の知識なんてほとんどありませんでした。

30歳で結婚し、専業主婦を経験したあと、自分で仕事を始めました。

当時はやっていた起業塾に通ったり、ブログを書いたり、交流会にも参加しました。

恥ずかしい話ですけど、キラキラ起業に沼っていました。

ホームページから商品が売れたときは、本当にうれしかったです。

人とのつながりも広がって、「頑張れば道は開ける」と思っていました。

でも今振り返ると、仕事そのものがしたかったというより、「何者かになりたかった」のだと思います。

夫から言われた言葉もあって、「何者かにならないと価値がない」と、どこかで思い込んでいました。

資格を取れば認められるかもしれない。

収入が増えれば安心できるかもしれない。

有名になれば自信が持てるかもしれない。

そんなふうに、ずっと何かを追いかけていました。

その話をAIにしたら、こんな言葉が返ってきました。

「あなたは、お金そのものより『安心』を求めているのではありませんか。」

その一文を読んで、「ああ、そうだな」と思いました。

私は、お金が欲しかったわけじゃなくて、安心したかったんです。

誰にも頼らなくても生活できること。

将来を必要以上に心配しなくていいこと。

「大丈夫」と思える毎日を手に入れたかった。

だから、お金を求めていたんですね。

別居して賃貸で暮らし始めて、子どもの生活費も負担してきました。

定年も少しずつ近づいてきています。

将来に不安がないと言ったら嘘になります。

だから、お金はこれからも大切です。

投資も続けるでしょうし、節約もしていきます。

でも、お金さえあれば安心できるのかと言われたら、きっと違います。

最近、ブログを書いているのも、収入につながったらうれしいという気持ちはあります。

でも、昔とは少し違うんです。

以前は、「稼げるブログを書きたい」でした。

今は、「私が経験してきたことが、誰かの役に立ったらうれしい。その結果として収入につながったら、なおうれしい」と思っています。

ほんの少しですが、順番が変わりました。

そして、その変化は私にとって、とても大きなことです。

何者かにならないと価値がない。

ずっとそう思って生きてきました。

でも50代になった今は、何者かになることよりも、自分らしく生きることのほうが大切だと思えるようになってきました。

安心は、お金だけが運んでくるものではありません。

好きな仕事をして、好きな器でコーヒーを飲んで、穏やかな毎日を積み重ねていくこと。

そんな暮らしの先に、安心も、お金も、少しずつついてきてくれたら十分です。

今は、そんなふうに思っています。

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